畑野ひろ子さん 起き上がれないほどのつわりが続いた2人目の妊娠中。支えになったのは長女が抱く、ある願いでした ~MAMA’S LIFE Vol.13 第1回~

畑野ひろ子さん 起き上がれないほどのつわりが続いた2人目の妊娠中。支えになったのは長女が抱く、ある願いでした ~MAMA’S LIFE Vol.13 第1回~

連載 MAMA'S LIFE〜Vol.13〜畑野ひろ子さん

17歳のとき『JJ』にてデビュー以来、『CLASSY』、『VERY』などのファッション誌にて人気モデルとして第一線で活躍を続ける畑野ひろ子さん。プライベートでは小学生と幼稚園生の2人の女の子のママ、そして現在はフラワーライフスタイルプロデューサーとしての顔を持つなど、さまざまな分野で活動をしています。そんな畑野ひろ子さんのMAMA’S LIFE第1回目は、2人のお子さんのマタニティライフやお産エピソードをお届けします。


想像以上のつわりに戸惑いながらも、母の強さを実感したふたりめマタニティライフ

「ひとりめの妊娠中はつわりもなく、大きなトラブルなどはほとんどありませんでした。あえて言うなら、おなかが大きくなってからぎっくり腰になったくらい(笑)」と、心身ともに安定したマタニティライフを送った畑野さん。ところがふたりめの妊娠では、上の子のときにはなかった、ひどいつわりを経験することに……。

「長女のときとは全然違って、ベッドから起き上がれないし、食べるものは全部吐いてしまうし、水も飲めない状態で……。何を口に入れても気持ち悪さが勝ってしまうような、そんな毎日が安定期まで続きました。あまりにもひどいので、入院という話もあったのですが、そのとき長女は4歳。そばにいたかったし、幼稚園の送り迎えや毎日のお弁当作りもあるので、できれば入院は避けたいと、自宅で過ごすことにしました。でもその数ヶ月間は、幼稚園の送り迎えの時間ギリギリまで横になっていて、気合いで起きるような感じで、本当に体がきつかったですね。本格的なつわりを経験するのは初めてだったので、『こんなに何も食べられなくて、おなかの赤ちゃんに栄養が届かないんじゃないか』と、つねに不安な気持ちがありました」

そんな中でも、お子さんの日々のお世話はもちろん、当時、Jリーグ・浦和レッドダイヤモンズに所属し、チームの中心的存在として活躍していた、ご主人の鈴木啓太さんの食生活などもサポート。「つらすぎて当時の記憶がほとんどないくらいです」と話す一方で、ふたりめの妊娠では精神的にはゆとりがあったとも。

「ふたりめだからなのか、『母親』というものを経験しているぶん、ひとりめのときよりもキャパシティが広がったというか、精神的には強かったと思います。産後3ヶ月で仕事復帰することを決めての妊娠生活だったのもあり、スイッチのようなものが、自分のなかでずっと入っていたのかもしれません。でも何よりも、赤ちゃんが生まれるのを待ち望んで、応援してくれる娘の存在が大きかったですね。長女がずっと『きょうだいがほしい』と言っていたうえでの妊娠だったので、本当に喜んでくれて。そんな気持ちを支えに、また心強く感じていました。長女はその時まだ幼稚園生でしたけれど、おなかの赤ちゃんのことなどたくさん話をしましたし、出産準備品を一緒に選んだり、ふたりめの妊娠ならではの楽しみも経験しました」

「母としての痛みを味わいたい!」。意を決してのぞんだお産は……

ひとりめのお産は無痛分娩という選択肢もあるなか、「女性として生まれたのだから、一度は痛みも経験してみよう」と、自然分娩で出産することに。

「主人は自然分娩でも無痛分娩でも、どちらでもいいよと言ってくれたのですが、やっぱり最初の子だから痛みも味わいたいと思って。できるだけ自然な状態で産んでみたいという、私なりの母心のようなものがあったのかもしれません。先輩ママや主人からは『(自然分娩は)すっごくつらいと思うよ!』と言われましたけれど、『絶対に痛いって言わない!』と誓って(笑)。主人とは『じゃあ、痛いって言ったら1回につき1,000円の罰ゲームね』なんて冗談を言ったりしていましたが、実際にお産に立ち会った主人によると、『100万回くらい言っていた』そうです(笑)」

陣痛が始まったのは、サッカーの試合がある前日。アウェーでの試合だったため、ご主人はその日に現地入りしなくてはならず、チームの出発時間が迫るなかでのお産でした。

「あと何分で出発! という状況で、本当にギリギリの朝7時50分に生まれたんです。1回だけ抱っこして、すぐに出発(笑)。でも立ち会ってくれたことで、いいこともありました。ふだん主人の中では私って、弱音を吐いたりしない『強い存在』らしいのですが、そんな私がもがき苦しんでいるのを見て、『やっぱり母ってすごいんだね』と後に言ってくれたこともありました。いろいろなご縁を含め、いい経験をさせてもらったなと今でも思います」

自然分娩でのお産を経験し、ふたりめは、無痛分娩を選んだ畑野さん。ご主人やお姉ちゃんが見守るなかでのお産は、畑野さんにとっても家族にとっても、かけがえのない思い出になりました。

「ひとりめのときとは逆に、無痛分娩を体験したい気持ちがあったのと、産後3ヶ月で仕事に復帰する予定だったので、体力の回復の早さを考えて迷わず無痛分娩に決めました。まず、自然分娩との違いにビックリしました。陣痛がきているのはわかるのですが、痛みというストレスがないんですよね。長女も立ち会いを希望していて、『絶対に見る! 赤ちゃんが出てくるところを見たい!』って。主人や長女と一緒に分娩室へ移動するときに、『もうすぐ生まれますよ』と助産師さんに声をかけられたときには、『えっ! 生まれるの!』と長女もワクワク。生まれた瞬間にはみんなで『やったー!』って喜んで。私の横に長女、そして次女、主人と家族4人が並んだ写真も撮らせていただいたし、あのときのことは忘れられないですね。そんな和やかな雰囲気を作れるのも、無痛分娩ならではだと思いました」

マタニティ期にしか感じられないことを記録する、それが後々ステキな思い出に

内容のまったく違う2度の妊娠・お産を経験した畑野さん。ひとりめの妊娠のときは「新しい命を授かったぶん、ちょっとの体調の変化を心配したり、敏感になったり、母親になる自覚と不安のなかでいろいろな気持ちを抱きました」という日々があったとも言います。それを踏まえたうえで、今妊娠中のママたちへはこんなアドバイスをくれました。

「ひとりの時間って、赤ちゃんが生まれるとなくなりますよね。だからこそ、ひとりの時間に感じたことを書き留めておくといいかなって思います。ひとりめとふたりめではまた違うけれど、妊娠中に不安な気持ちを抱いたのも貴重なことだし、迷いとか、おなかの赤ちゃんに対する思いとか、そんなことを気軽に書き留めておいて、赤ちゃんが生まれたあとに振り返られるのって、とても幸せなんじゃないかと思います。やっぱり記憶って、鮮明に覚えていることもあるけれど、薄れてしまうものだと思うんです。今は、娘たちが家族のアルバムを見ている姿をながめているとほのぼのとするのですが、もっと写真を撮っておけばよかったなと感じることもあるので、ぜひ気が向いたら、記録に残しておくことをしてみてほしいなと思います」

※第2回(2019年4月15日配信予定)に続きます。

PROFILE
畑野ひろ子さん
モデル/フラワーライフスタイルプロデューサー
1975年11月23日生まれ。埼玉県出身。17歳のときファッション誌『JJ』専属モデルとしてデビュー。女優としても、数々のテレビドラマや映画、CMに出演。その後『CLASSY』のレギュラーモデルに。2008年に結婚、2009年第一子となる長女を、2013年に第二子となる次女を出産。現在は、『VERY』レギュラーモデルのほか、フラワーライフスタイルプロデューサーとして、自身のブランド『will Garden』を設立。ライフスタイル提案や花育活動推進とともに、レッスンやイベントなども行う。
畑野ひろ子さん公式インスタグラム畑野ひろ子さんオフィシャルブログ

撮影/瀬津貴裕(biswa.) ヘア&メイク/福川雅顕 取材・文/長澤幸代

畑野さん着用トップス、パンツ、イヤリング、靴 すべてTHIRD MAGAZINE

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