【シングルマザーという選択】迷うこと8年!私が離婚を決めたワケ&シンママ10年目の生活・仕事・夢

コラム
公開日:2019/02/28
更新日:2019/05/28
【シングルマザーという選択】迷うこと8年!私が離婚を決めたワケ&シンママ10年目の生活・仕事・夢

3組に1組は離婚するという今、シングルマザーの生活も多様化してきました。Millyでは、そんなシングルマザーたちの生き方にスポットをあて、紹介していきます。
今回取材したのはシングルマザーになって10年めという橋本真里さん。キッズ英会話教室の先生をしながら、16歳、14歳、12歳の子どもたちを育てています。現在は平穏な生活を送っている橋本さんですが、結婚していた頃~離婚前後は悩みが尽きない日々だったそう。離婚に踏み切った理由や離婚協議中の苦労、シンママってつらい!と感じることなど、シングルマザーのリアルな生活を率直に語ってくれました。

養育費、財産分与……離婚協議はとにかく大変!!

離婚が決まってからは、離婚届を出すまで眠れない日々が続きました。日中は司法書士の先生のところに行って、彼が帰宅してからは毎晩深夜3時頃まで話し合い。もし離婚をするなら「公正証書」は作っておいたほうがいいと思います。これを作っておくと、例えば後々養育費が支払われなかった場合に、相手の給料を差し押さえて強制執行することもできるので口約束よりも確実なんです。

お金の部分はなかなか決まらなかった

財産分与で自宅を売却して半分ずつに。協議の中でこれだけは譲れないって思ったのは養育費ですね。子供たちが今まで通り生活できるだけの金額はちゃんと払ってもらいたいと思っていたので、絶対に引きませんでした「元々あなたの酒癖が発端でこういうことになってるのよ!?」って。今振り返ると我ながら大きく出たな、と思いますけど、私は専業主婦だったから小さい子供たちのために必死でしたね。
彼から「強欲ババア」なんて言われたことも。このお金、全部子供3人を育てるために充てるのよ!?って言い返したいですよ(笑)

離婚後は体調がすぐれない日々。そんな時今の仕事に出会った

離婚後は子供たちを連れて実家に身を置きました。シングルになったんだから仕事をしなきゃって頭の中にはあるものの、体調が整わず気分のすぐれない日々が続きました。
とくに月1回の面会日は憂鬱でしたね。2日くらい前から気分が悪くなって、それが子供にも伝わって家の中の雰囲気も悪かった。ショッピングモールのフードコートで面会させてたんですけど、子供たちもすぐに帰りたいって言い出すし……。しばらくして彼が海外赴任になり、そこから数年間は全く会わなくなりました。

偶然をチャンスに!

今の仕事に出会ったのは離婚後1~2年経った頃です。「ザ・ヤングアメリカンズ」(音楽を通じた教育ワークショップに取り組む米国の非営利団体)のワークショップに子供たちを参加させた時に、スタッフの人と英語で話していたら「英会話の先生に興味ない?」って誘われて。本当は結婚前のように外資系の会社でバリバリ働きたかったけど、子供たち3人を育てながら……と考えると元の仕事への復帰は現実的じゃなかった。それでこれもチャンスかな、と引き受けてみることにしたんです。

英会話のホームティーチャーは通勤もないし、自分の都合に合わせてスケジューリングができる。子育てしながらでも働きやすい環境なんですよね。生徒さんたちが「先生みたいに英語が話せるようになりたい」「英語を使った職業につきたい!」って言ってくれるとすごくうれしいし、人の人生を決めるところにいるんだな、という責任感もある。思い切ってやってみてよかったなと思ってます。

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