赤﨑秀平選手(プロサッカー選手) 息子からもらったのは、表現できないほどの大切なもの。親として息子に『恩返し』をしていきたい ~PAPA’S LIFE Vol.1 第2回~

赤﨑秀平選手(プロサッカー選手) 息子からもらったのは、表現できないほどの大切なもの。親として息子に『恩返し』をしていきたい ~PAPA’S LIFE Vol.1 第2回~

連載 PAPA'S LIFE〜Vol.1〜赤﨑秀平さん

さまざまな世界で活躍を続けるパパたちの育児風景にフォーカスする、新連載「PAPA’S LIFE」。今回は1歳の男の子のパパである、Jリーガー・赤﨑秀平選手の育児ライフについてインタビュー。前編につづき、サッカー選手として、ひとりの父親として、お子さんへの思いをお聞きしました。(取材日:2018年12月中旬)


自分ができなかったことを押しつけるのは「親のエゴ」。多くの選択肢を用意するのが親の役目だと思う

1歳半をすぎ、できることが日々増えていく奏秀くん。「とにかく元気いっぱいで、動いているのが大好き」と赤﨑選手がおっしゃるように、その子なりの個性や長所なども垣間見えてくるころです。何よりも健康であることが第一だけれど、やっぱり親としては「その先」も望んでしまうもの……。赤﨑選手もそんな気持ちになったりしませんか?

「英語を話すことができたらよかったという親の思いから、子どもを英会話教室に通わせたり、親自身ができなかったことや、ある意味ネガティブにとらえてきたことを子どもに習わせたりやらせたりするのって、子育てをしている中では比較的ありがちなことだと思うんです。将来に関わることや教育の部分では、どうしても親のエゴが出てしまうというか。押しつけず、放任主義になりすぎず、といってもこの境目が難しいのですが、いつでも多くの選択肢を与えたいと、妻ともよく話をしています。息子が『これをしたい!』と思ったときに道を作ってあげられるのが理想で、それはスポーツでも音楽でも、なんでも自分でさまざまな経験をして決めたことを、後押ししてあげたいですね」

撮影中も一切立ち止まることはなく、砂場を軽快に走り続ける奏秀くん。勢いづいて転んでしまいそうなシーンも、グッと踏みとどまる強さ、階段なども躊躇せずにぐいぐい登っていくたくましさに、まさにスポーツ選手としての才能を漂わせます。

「スポーツ選手にしたいですか? ってめちゃくちゃ聞かれるんですけど(笑)、無理にではなく自然な流れでスポーツに出会えたらいいなとは思っています。でも、ボールを蹴ったりする姿を見ると、やっぱり嬉しい気持ちになりますね。サッカー選手になりたいと息子が思うなら、もちろんそれは全力で応援します」

転校が続いた子ども時代。サッカーに助けられたことが多かった

「隣の家のお兄ちゃんが始めたので僕もついていった」のがきっかけで、4歳から始まったサッカー人生。そのときからこれまで、サッカーひと筋。まっすぐに道を進み、着実にキャリアを積んできた赤﨑選手は、自身の幼少期を振り返り、サッカーに対して感謝していることがあるといいます。

「僕の親が教師で転勤が多かったのもあり、小、中学校ともに3年に1回くらいは転校していました。そんな中で友達を作るツールとなってくれたのがサッカー。サッカーボールを一緒に蹴っていれば自然と仲良くなれるし、友達にもなる。僕自身、サッカーに助けられた部分が本当に大きいと思っているし、おそらく僕の両親もサッカーに一番感謝しているかもしれません」

サッカー選手としての姿を子どもがちゃんと覚えてくれるまでプレーしていたい

最近は、所属チームのユニフォームを見たり、プレーする赤﨑選手を見て、「パパ!」とわかるようになってきたという奏秀くん。プロのサッカー選手として、父親としての立場から、今はこんな思いをお子さんに抱いています。

「サッカー選手はスポーツのなかでも寿命が短いほうで、カズさん(三浦知良選手)のようにずっと活躍できる選手は本当に少ない。だからこそ、自分の子どもにプロサッカー選手としての姿を見せられるのはとても貴重なことだし、そこまで頑張りたいと思っています。息子が僕の姿をちゃんと覚えるまで、記憶に残るまでプレーしていたいです。

僕と息子の名前にある『秀』という字は、僕の父親の名前から継いでいるものなんです。僕は長男なので『秀』の字をつけたのだと、子どものころから両親から聞いていて、今度は自分が親となって世代を繋いでいくことが、すごく大切なことだと感じています。これまで先祖や父親がそれぞれの子どもにしてきたことを僕もしたいし、息子には、父である僕を超えて、もっともっと大きな男になってほしいと思っています」

最後に、奏秀くんがいつか未来にこの記事を目にするかもしれない、という前提で我が子へのメッセージをお願いすると、「う~ん……」と少し恥ずかしそうな表情を見せた赤﨑選手。しばらくの沈黙のあとに、言葉を選びながら答えてくれました。

「映画などで、父親が死ぬ前に子どもに対して遺書などを書き残しているエピソードを見ると、『こういうものを自分も絶対に残しておこう』って思うんです。ときどきふと、『自分がいなくなったら、この子にそのあと何をしてあげられるんだろう』と考えてしまうのも、自分の子どもだからこそ。こんなふうに思わせてくれる息子に、しっかり恩返しをしなきゃいけないと思っています。ふつうは子どもから育ててくれた親に対しての恩返しなのでしょうけど、僕は息子が生まれてからの1年半で、すごく大切で、返しきれないほどのものを、彼からもらっているんじゃないかと思います。自分の人生を振り返ってもそうですけど、人の記憶って高校生くらいからが濃くなってきて、子ども時代に親や兄弟と過ごした記憶って、どうしても薄くなってしまいますよね。だけど、やっぱりいろいろなところに連れていきたいし、いろんな経験を一緒にしたい。息子にとって、よき父親でありよき友でありたいです。限りのある人生をともに過ごしていけるのって、本当に幸せなことですね」

(撮影・取材内容は2018年12月中旬のものになります)

撮影/土屋哲朗(主婦の友社写真課)取材・文/長澤幸代
撮影協力/WILD BEACH SEASIDE GLAMPING PARK


この連載について

PROFILE
赤﨑秀平選手
プロサッカー選手
1991年9月1日生まれ。鹿児島県出身。筑波大学卒業後、2014年鹿島アントラーズ入団。期限付き移籍でガンバ大阪に所属後、2018年川崎フロンターレに完全移籍。ポジションはFW。2019年より、名古屋グランパスへ期限付き移籍中。2016年結婚、2017年6月に長男の奏秀くん誕生。
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