男の子も女の子も!初節句のお祝いの仕方やマナーは?【久月監修】

 専門家監修
公開日:2018/10/25
更新日:2018/11/01
男の子も女の子も!初節句のお祝いの仕方やマナーは?【久月監修】

初節句を迎える準備を始めようと思うけれど、初節句ってなに?“節句”というと桃の節句と端午の節句しか知らないママ・パパも多いのでは?実は、節句はこの2つだけではありません。子どもの初節句とともに、ちょっと歴史を勉強して、子どもが大きくなったら教えてあげてください。今回は、人形の久月さんにいろいろと教えてもらいました。

監修
人形の久月
江戸時代、天保6年に創業し、百八十余年の歴史を有する人形の製造問屋。浅草橋総本店、各直営店舗での人形販売、及び人形専門店、百貨店、量販店など全国約1,000社への節句人形の卸販売をする。「人を愛する」「物を愛する」その「心」の大切さを訴えながら、こだわりをもった物作りをしています。

初節句とは?どんな意味があるの? 

初節句とは、子どもが生まれて初めて迎える節句のこと。

「節句は、“奇数が重なる日をめでたい”とした中国の考え方が、奈良時代に日本に伝えられたものです。日本には季節の草花に彩られたいろいろな「節句」があります。春の七草、桃、菖蒲、竹、そして秋の菊があり、「五節句」と呼ばれています。

五節句」は、江戸時代にそれまでの節句をもとに幕府が制定したもの。
1月1日の正月元旦は別格扱にして、残りの
1月7日の人日(じんじつ)
3月3日の上巳(じょうし又はじょうみ)
5月5日の端午(たんご)
7月7日の七夕(しちせき)
9月9日の重陽(ちょうよう)を「五節句」と定めました。

節句には、それぞれの意味や供物があります。節句は神事のためだけでなく、庶民にとって、滋養のあるものを食べて鋭気を養い、周囲との絆を強める貴重な機会でもありました」。

初節句はいつやるものなの?

初節句とは、子どもが生まれて初めて迎える節句のこと。ですから、生まれた月によって月齢は異なります。3月生まれの男の子は、生後2ヶ月もしないで初節句を迎えることになります。
地域によって風習はありますが、生後1ヶ月以内など生まれてすぐに節句をむかえる場合は翌年でも構わないといわれています。

初節句のお祝いって何をするの?

「男の子なら5月5日の当日、または5月4日の晩(“宵節句(よいぜっく)”といいます)、女の子なら3月3日、宵節句の3月2日の晩に、お客様をお招きしてお祝いします」。

女の子の初節句のお祝い方法は? 

「三月三日のひな祭りが女の子の節句の日。三月の最初の巳の日であることから、正式には「上巳の節句」と言います。さらに、この頃は桃の花が咲く時期なので「桃の節句」ともいいます。

三月三日の節句が女性だけのお祭りになったのは、江戸時代のこと。武家や町人の間でもひな人形を飾ってひな祭りをする風習が広まり、江戸中期には女の子の誕生を祝って初節句にひな人形を飾るようになり、毎年行われるようになりました。

現在、女の子の初節句では、ひな人形を飾ります。

昔はひな祭りの前夜の宵節句に、女性を中心にパーティーをしましたが、大げさに考える必要はありません。子ども達が集まり、ひな祭りパーティーを開くこともありますが、家族だけにしても、メニューは、はまぐりのお吸物やお寿司が定番です。

はまぐりはカラをぴったり合わせることができるため、幸せな夫婦を意味します。
また、お寿司は、この時期に新鮮な魚介類や春の野菜が出回るので好まれたから……といわれています」。

なぜひな人形を飾るの?

「ひな祭りはもともと、平安時代の宮廷貴族のお人形(ひいな)遊びと、人形に自分の厄を移して海や川へ流した上巳の祓いの「流しびな」の行事が結びついたものです。

そこから、ひな祭りでは”人形が身代わりになり、子どもに災いが降りかからないように”という家族の願いや、”人生の幸福が得られるように”という気持ちを込めてひな人形を飾るようになりました」。

雛人形 久月写真提供/久月

女の子の初節句のマナーは?ひな人形は誰が買うの?

「お嫁さんの実家から贈るのが昔の習わしでした。
最近は、両家で折半して買うことが多いようです。
仲人や親戚の方は、ケース入りのわらべ人形や御所人形・市松人形などを贈るのが一般的です」。

男の子の初節句とは?いつごろからあるの?

男の節句は、端午の節句といいます。

「端午の「端」には「始め」という意味があり、「午」は数字の「五」と同音であることから「五月の初めの午の日」を意味します。長い歴史の中で、いつの間にか五月五日に固定されました。

端午の節句が、現在のように男の子の誕生を祝う日になったのは、江戸時代に入ってからのこと。ひな祭りと並んで、武家の間だけでなく、広く庶民にも広まり、男の子の健やかでたくましい成長を祈るようになりました。

奈良時代には、5月5日の節会(宮中の宴会)が重んじられ、“端午”は5月5日に限られた呼称になりました。節会では、無病息災を祈って、天皇が冠に菖蒲をつけ、臣下にも菖蒲酒をあたえ、御殿の軒には邪気を払うという言い伝えがある菖蒲を覆いました。また、騎射や走馬の儀式も行われ、天下の安全を祈りました。

武家が政治の中心となった鎌倉室町時代。武家の間では、菖蒲は「尚武」、“武を尊ぶ”の意味にも通じるので、「尚武の節目」として端午が重んじられました」。

五月人形 久月写真提供/久月

男の子の初節句のお祝い方法は? 

五月人形と鯉のぼりの「五月飾り」を飾り、ちまきや柏餅を食べ、菖蒲湯に入ります。

なぜ五月人形を飾るの? 

「兜や鎧は、武家社会では身を守る道具として、男子にとって非常に大切なものでした。江戸時代になってからは、”子どもの身を守り、災いがかからないように”という願いを込め、鎧や兜を飾る風習が広がりました。

”赤ちゃんがたくましく立派に育つように”という祈り、そして受験や就職、結婚など人生の幸福に恵まれるようにという気持ちを託して飾るのです」。

鯉のぼり写真提供/久月

なぜ鯉のぼりを飾るの? 

「鎧飾り・兜飾り・子ども大将飾りなど、家の中に飾るものを「内飾り」といい、鯉のぼりや武者幟は屋外に飾る「外飾り」といいます。
「内飾り」は子どもの成長を祈るために飾りますが、「外飾り」である鯉のぼりは立身出世を祈るため。

願いも異なるので、できれば両方飾ることが望ましいとされています」。

なぜ菖蒲なの?

「古来より、邪気を払う力があるといわれている菖蒲。5月5日の日に無病息災を祈る宮廷行事で用いられ、民家でも軒に飾られたり、子どもの遊びに使われていました。
武家の時代になると「菖蒲」と武を尊ぶ「尚武」が結びついて、男の子にふさわしいものになりました」。

なぜちまきや柏餅を食べるの?

「二千年以上前、中国は楚の国の屈原という詩人が、国を憂いながら河に身を投げて死にました。楚の国の人々は屈原をしのび、亡くなった5月5日に毎年、竹筒に米を入れて河に投げ入れ供養しました。これがちまきのはじまりです。

柏の木は神事に使われ、また、新しい葉が成長してから古い葉が落ちるため、めでたい植物とされています」。

男の子の初節句のマナーは?誰が買うの?

「一般的には、お嫁さんの実家から贈られるとされています。
昨今は、両家で折半することもあります。例えば鯉のぼりはお嫁さん側、五月人形はお婿さん側で、というようにわけることもあります」。

初節句祝いのお返しの仕方はどうすればいい?内祝いは必要?

「お祝いをいただいた方を、“宵節句”や当日のお祝いの席に招待するのであれば、お返しの必要はありません。
お祝いの席に来られない方には、「内祝い」として子どもの名前でお返しをします。お礼の手紙を添えて贈りましょう。子どもの写真を添えれば喜ばれますよ」。

監修・写真提供/人形の久月
取材・文/木村美穂

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