神崎 恵さん「読者モデルはいい思い出作りじゃなく、どうやって仕事につなげるかを考えてた」 【Comoロングインタビュー2】

神崎 恵さん「読者モデルはいい思い出作りじゃなく、どうやって仕事につなげるかを考えてた」 【Comoロングインタビュー2】

連載 Comoロングインタビュー神崎恵さん

説明するまでもないほど美容家として活躍中の神崎 恵さん。ママでもあり、元Comoモデルでもある彼女。ママ誌『Como』1万字インタビューで初めて明かす“本当の素顔” ――そこから見えてきたのは、著書からうかがえるようなふわっと愛らしい女性像とは明らかに異なるある種、男性的ともいえる力強くしなやかな生きざまでした。


ロングインタビュー第二回です。前回のお話はこちら

Comoの誌面では笑顔。でも恐怖と隣り合わせの時期だった

――開業資金はどうしたんですか?

「持っていた貴金属やバッグなどをすべて売って。いい断捨離になりましたね。でも、それしか手段もなかったんです。職歴もない普通の主婦だったので、貸してもらえるあてもないし、子どもがいて借金を背負うのも怖かったですし。売れるものはすべて売ろうと」

――その現実的な考え方と行動力はすごいですね。それを何年も考えて、それでも……っていう人も多いでしょうに。

「子どもがいたからできたんでしょうね。とにかく必死だったから。サロンをスタートさせてからも女性のキレイにたずさわるための武器をひとつでも多く身につけようと、同時進行でブライダルプロデューサーの学校に通ったり。ひとりだったら実家に帰れば住む場所はあるし、そこまであせらなかったと思うんです。なにより子どもにもみじめな想いをさせたくなかった。長男の友達は父親がスポーツ選手だということも知っていたので」

――世間はそういう話、好きですしね。

「はたからはお金がないって気づかなかったと思います。そこはもうすごく意地と見栄も張っていたので。だけど実際は、食べていけないってこういうことなんだなって実感したし、無意識に涙も出てくるし――。大変って言葉では足りないくらいの恐怖と隣り合わせの時期もあった。今思えば、そこまで追い込まれたから突っ走れたし、突っ走るしかなかった。私には合ってたんでしょうね。今だにそういうことがあると『絶対に負けない!』って力がわいてくるタイプだから(笑)」

――Comoの誌面で笑顔だった裏でそんな想いがあったとは。まさに母は強し! ですね。

「何でも女性がカギを握っているんだなと思いました。私は未熟でしたけど、女性がかしこくかじを握れれば家庭だって丸くなるし、やっぱり女性って、すごい生き物ですよね」

――Comoモデルになったのは、離婚前?

「私が結婚に対しての違和感を感じ出したころですね。自分の色が薄れていく中で、夫のいやな部分ばかり数えるようになってしまって。『これではいけない』と思い始めたときに、前の事務所のかたが『こんなのがあるみたいよ』と教えてくれたんです。始まりこそ自分を取り戻すための場所でしたけど、Comoとの出会いは私にとって大きな転機だったと思う。本当にデリケートで、自分を丸く研いでいかないとはじき出されてしまう。そんなママの世界を学べたし、読者のかたのリアルな声からも、学ぶことがたくさんあった。そしてそれがヒントとなって、離婚後に『さぁ、これからどうする?』となったときに、ママたちが日々の中でどうしたらキレイでいられるかとか――そういうことはだれもやってないし、ビジネスチャンスがあるんじゃないかと思ったの。それからはことあるごとに、 『私いま、"ママ美容"にすごく興味があるんです』と言い続けて、それをキャッチしてくれた編集さんが、特集を組んでくれるようになったんです」

――編集部でも、神崎さんの美容やコスメに対する熱心さは話題だったから。

「読者モデルをいい思い出作りに……という人がほとんどでしたけど、私は真逆でどうやって仕事につなげるかを考えてた。別居後に自宅のサロンで食べるための仕事をしていた時期が1、2年くらいあって、何とかして自分を軌道に乗せなきゃといろいろ考えてGAPに勤めたりもしました。『ママから攻めていく』と決めたので、いろんな情報を集めるとしたらどこだろう? と考えた結果がGAP。家族連れで何を買うか見られるしメイクも見れるし、情報収集するには最高の場所だなと」

――それって、だれかにアドバイスされてのことではないんですよね?

「自分で考えましたね。私のような素人が美容業界に入ろうとしたときに、みんながやらないような手間がかかることをやるべきだと思って――。それがちゃんとデータにできて、 納得させることができないとダメだろうなと。ドラッグストアでも、今日はここからここまでと決めて片っ端から買ったり、買えないものは試してメモに残して。そのノートは何冊もあって、私はそれを"武器"にしようと思った。美容界の一線で働いてる人たちはそんな時間もないはずだし、百貨店コスメの新商品のことは知ってても、ドラッグストアの片っ端は知らないだろうなって」

――限られた時間、子どもとの時間を削ってでもそこに賭けたいくらいの、美容のお仕事の魅力って何なんでしょう。

「私ができることだから――。私なりの方法で伝えることができて、しかもそれが伝わってると実感できることもうれしいですし、それができる間は続けたいですね。それに、私自身も美容というものにとても助けられてきた。人から見てキレイかどうかはある意味どうでもいい話で、自分の中でその日一日が少しでもいい気持ちになれたり、その何秒かがその後の自分の生き方を変えたりすることをわかってしまったから――。それもあって、面白いなって思うの。しかも女性って少し変わり始めると、すごく変わるじゃないですか」

――私、正直言うと、著書のタイトルだけ見て、ちょっと苦手かも……? と思っていたときもあったんですよ。

「ははは。わかります! 本を書き始めたときから"届ける層"を真剣にブランディングして、どのゾーンがいちばん広くて、その場合はどういう見せ方をしたらさらに間口が広がるのか? という戦略あってのことなので、賛否両論あるくらいが私としては成功なんです。本が売れるためには、好きと嫌いの両方で引っかからなきゃいけないから、『私は嫌われても構わない』という覚悟はできていて、マイナスな意見も最初から気にならなかった。今でも本を出すと発売当日にアンチレビューが書き込まれたりするんですけど、読んでくださっただけありがたいなあって」

――Comoモデルの時代は、まだそうじゃなかったでしょう?

「もちろん! 百人いたら百人に"いいね"と言ってもらえないとだめだと思ってました。負けるわけにはいかないフィールドだと思っていたし。でも、当時と中身はほとんど変わってないの。そういう意味では、嫌われてもいいと思えるようになって逆にラクになれた感じ。結局はすべて自分の中から生まれてくるもので、そこにウソも偽りもない以上、何を言われてもしかたないなって。腹をくくれたんだと思います」

――嫌われるのも仕事のうちだと?

「そうですね。本を作るうえで、やっぱり『読んでくださったかたたちの中で何か引っかかってくれたら』という思いがいちばんではあるけど、作った以上は売りたいという気持ちもあります。私には子どもが3人いて、何かあっても私が食べさせていかなきゃいけない。なおさら売れない本は作れない。1冊でも失敗したら『もう終わったね』って言われるほど、シビアな世界でもあるので」

撮影/青柳理都子

出典 :Como2017年夏秋号※情報は掲載時のものです

この連載について

Comoロングインタビュー神崎恵さん

美容界に彗星のごとく現れ、次々と常識をくつがえしてきたスーパーママ・神崎 恵さん。元Comoモデルの彼女が『Como』1万字インタビューで初めて明かす“本当の素顔” ――そこから見えてきたのは、著書からうかがえるようなふわっと愛らしい女性像とは明らかに異なるある種、男性的ともいえる力強くしなやかな生きざまでした。美容家としてのキャリアをスタートさせた『Como』誌面だからこそ語れた、ママとして・美容家としてのストーリーです。

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